研究内容

【本領域設立の趣旨】 領域代表・津本からのご挨拶

領域代表・津本 浩平

本領域では、生体内において重要な機能を担う金属元素を研究対象とした従来のいくつかの研究分野を、最新で多彩な実験的手法を取り入れることで統合し、新たな横断的研究分野「生命金属科学」を構築します。

約 2,400 年前、古代ギリシアの医聖ヒポクラテスは、『貧血には鉄が薬になる』と自身の全集に記しており、金属と生命・病気との関係は非常に古くから認識されていたことがうかがえます。現代では、鉄だけでなく、亜鉛、銅、マンガン、モリブデンといった金属元素に加えて、セレンやホウ素などの半金属元素を含めた、生体内に極微量存在する金属元素(生命金属 Biometal と定義)が、 すべての生物において、その生命維持に必須であることが分かっています。実際、我々人間にとって、生命金属の欠乏・過剰は、貧血の他にも、神経変性疾患・がん・糖尿病などの様々な疾病の原因になります。植物においても、光合成の酸素発生中心にはマンガンが含まれていることや、光捕集系クロロフィルの生合成には鉄が必須であることもよく知られています。さらに、微生物にとっても生命金属は必須です。例えば、ある種の病原菌は、ヒトに感染する際に、赤血球中のヘモグロビンから鉄を奪取することで初めて増殖が可能となり、病原性を発揮する。一方で、カドミウム 、水銀、鉛、ウランなどの人体にとって有害な金属が、公害病という悲劇を生んだ原因となったことも、金属元素と生命現象との関わりを考える上で忘れることはできません。

生命体は一つの装置として例えることができ、その構成部品である多数の分子が協働することで初めて稼働し、 様々な生命現象を実現しています。この観点に立つと、金属元素と生命現象との関わりも、部品と装置、つまり、「分子という微視的レベル」と「細胞という巨視的レベル」の2つの側面から研究が進められてきました。具体的には、生体内における金属元素の機能を分子・原子のレベルで研究する生物無機化学 Biological Inorganic Chemistryと、生命金属の吸収や輸送といった細胞レベルでのシステム制御を研究する金属細胞生物学 Cell Biology of Metalsの二つの分野です。生命金属に関連したいずれの研究分野についても、一見すると個々は成熟しているように見えますが、生命金属や金属タンパク質という部品をどのように連携させることで、細胞や生体という装置を稼働させているのかという「しくみ」については、未だ理解には程遠い状況にあります。

そこで、生命金属に関連したさまざまな研究分野において活躍する一流の研究者を糾合し、生命金属の吸収、輸送、あるいは活用といった生体内での動態(生命金属動態と定義)について、以下の4つの研究項目(A01 – A03、B01)を推進することで、生命が金属を活用する戦略「生命の金属元素戦略」を明らかにします。

本領域では、生命金属が関わる従来の2分野(生物無機化学と金属細胞生物学)のみならず、関連する研究分野のすべてを統合した「生命金属科学Integrated Biometal Science」を確立し、生命金属動態について分子から細胞・個体レベルに至るまで解明することで、生命の金属元素戦略を理解することを大目標としています。